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“写真との対話の仕方”

 「写真を撮る」という行為の意義を自分なりに考えてみました。
一言で表すなら、“時間と空間を切り取る行為“かな、
なんて思ってみました。
フレームに写ってるものの一瞬の平面を記憶するといった感じ。
時間と空間をはっきりと切り取る。
だから切り取られた写真が持っている情報は
時間軸でも空間軸でも少ない。
だけど最低限の視覚化された情報を残すことができる。 

では「写真を見る」という行為はどうだろう。
写真に含まれている最低限の情報を受け取る。
そしてその前後関係があまりにも
はっきりと切り取られているが故に
見た人は、その前後を想像する。
見た人が撮影した本人なら、その時間と空間の前後を
よく知っているから写真は思い出の引き金になる。
あんなことあったなぁとか。
他の人が撮影した写真には自分の記憶は紐づいていないから
その前後に対して想像が膨らんでいく。
その写っていない想像の部分に正解はなくて、
人それぞれ違くて当たり前。
そしてそれぞれの想像にはその人の
感性とか経験とかが影響するんだと思います。
写真にはそういった”余白の力”があるんです。

いずれにせよこうやって写真と
正面から向き合っている時って、
なんだか私たちの人間的な部分が
出ているような気がするんですよね。
“余白”を想起する時間はゆっくりと時が流れているし、
そういった時間をみんな持つべきだなぁと
今の時代だからこそ思います。
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